サニーサイド四畳半

アイカツ!が好きなゲーマーによるゲームブログです。

処女厨に媚びてない丸戸作品がやりたい

久しぶりの更新になります。

最近更新が疎かになっていた理由は『スプラトゥーン』にハマりすぎていたことと、このスプラトゥーン及びその前に遊んでいた『ゼノブレイドクロス』のレビューが非常に難しく、執筆の手が止まってしまったことにあります。

なのでリハビリがてら、一旦肩の力を抜いて、最近思っていることをちょっとしたコラムとして書こうと思います。

  

WHITE ALBUM 2(以下WA2)』という18禁ノベルゲームがあります。

2010年に主人公とメインヒロイン2人の高校時代を描いた『introductory chapter』、2011年に大学生編、最終章となる社会人編を描いた完結編『closing chapter』が発売され、5年にも及ぶ長い歳月を舞台にした男女のめくるめく情念の物語は、多くのノベルゲームファンに感動と強い胃の痛みを与えました。

本作は2012年にPS3版、2013年にPSVita版が18禁シーンのカット及び演出面の強化と追加シナリオを伴って発売、同2013年には『introductory chapter』のみTVアニメ化も果たしています。

 

脚本は売れっ子エロゲライターである丸戸史明氏。代表作として『パルフェ』や『この青空に約束を』、『世界で一番NGな恋』などがあり、丹念なキャラクター描写を積み重ねて綴る心を揺さぶる物語の数々が好評を得ており、エロゲライターの中では有数の「固定ファン」が存在するライターであると言えます。また近年、ライトノベル『冴えない彼女の育て方』でラノベ作家デビュー、WA2のアニメ版でアニメ脚本家デビュー、現在放映中のアニメ『Classroom☆Crisis』でもシリーズ構成を担当しています。

 

話をWA2に戻しましょう。

本作の原点となるPC版をプレイした個人的な感想としては、「演出や楽曲のクオリティも見事で、キャラクターも魅力的。大作だが一気に読ませるパワーに満ちた作品で、非常に感動もした。しかし、好きな作品では無い。」というものでした。

では何故好きではないのか?

 

それは、本作がストーリー展開、キャラクターの心理描写等、すべてにおいて徹頭徹尾「ヲタクに媚びている」からに他なりません。

 

本作のメインヒロインである冬馬かずさ、小木曽雪菜の2人は、物語の中で経過する5年もの間、ずっと主人公である北原春希のことを想い続けます。2人の間で揺れ動き、結果としてどちら共を幾度と無く傷つけ、裏切る甲斐性無しである主人公を、です。

その間、ヒロイン2人は他の男になびいたりすることは一切無く、特にかずさルートのエンディングなどでは、主人公がかずさを選んだ後も、雪菜はそれでも主人公のことをずっと想い続けていく、といったことを示唆し、物語は終わるのです。

 

これが僕はたまらなく「嘘臭い」と感じてしまうのです。

 

だってヒロイン2人は誰もが振り向く美少女という設定なのだから、5年間もあれば周囲の男性からは引く手数多でしょう。春希とヒロインたちには少なからず数年間の空白期間とかもあったりするのですから、最終的に春希とよりを戻すことは有り得ても、その間他の男性と一切関係を持たないとかどう考えてもおかしいじゃないですか!みんなもう大人なんだから !!

 

昨今のアニメや美少女ゲームを愛好する人々の中には、ヒロインが主人公以外のキャラクターと付き合う、好意を寄せるといった行動を取ることに猛烈な拒否反応を示す方が一定数存在するようです。

恐らく「処女厨」と呼ばれる方々に近い考え方なのでしょう。(今回の主題では無いので、処女厨の定義などについては割愛)

丸戸史明氏はユーザーのニーズに完璧に答えるライターです。だからこそこれまで沢山の支持を勝ち取ってきたのでしょう。よって彼らのニーズも汲んだ脚本になるのが当然なのでしょうが、それでも本作の展開は、何か歪(いびつ)な印象を受けます。

 

ゲームやアニメを心から愛するヲタクとしての、僕の個人的な価値観としては、そこに登場するキャラクターは、架空の存在だったとしても、「人格を持った1人の人間」と思って接していきたいのです。

だからユーザーのニーズに合わせた強引な舵取りの痕跡が見えたり、それによってキャラクターの心理描写がリアリティに欠けてしまっているのは、僕にとっては作品を評価する上で、重大なマイナス要因足りえます。

 

もちろん実際に5年間もひとりの男を想い続ける女性が100%存在しない、と言いたいわけではありません。

ただ、本作には他にも昔彼氏が居たけど処女(この辺うろ覚えだからちょっと違うかも)の女性なんかも居て、その物語全体を漂う、一部の過敏なヲタクへの「作為的」なフォローが、キャラクターの「生きた魅力」を損なっていると感じられることが問題なのです。

 

『冴えカノ』における露骨な主張

ところで、僕は丸戸氏のライトノベル『冴えない彼女の育て方(以下冴えカノ)』が大好きです。

本作も当然上記したような「一部ヲタクへの媚び」はそれなりにあるのですが、「同人ギャルゲの製作に取り組む高校生」を主人公に添えたことにより、これまで数多の良質な「萌え」を生み出してきた丸戸氏自身の方法論やポリシーが垣間見えるシーンが多く、また彼が培ってきた「萌え」の文法を一度全て取り払うことでむしろ唯一無二の魅力を備えた圧倒的メインヒロイン「加藤 恵」の存在など、他作品には無い魅力に満ちた作品です(7巻のラストは色んな意味で最高でした。)

そんな本作の最新8巻で、新たに製作を始めるギャルゲーの仕様について主人公「安芸 倫也」と加藤で話し合う場面があるのですが、ここで倫也はこんな発言をします。

 

「~ 主人公とくっつかなかった時の他のヒロインが、主人公の親友である”いい奴”とくっついても駄目だとか、それどころか主人公と絶対にくっつくことのないサブヒロインさえ他の男とくっついたら発狂するとか……ああもうお前ら!作家の皆さんにもっと自由度を与えてやれよ!キャラクターも生きているんだ友達なんだ!彼女たちにも未来があり、幸せになる権利があるんだ!なのに他の女とくっついた主人公をいつまでも想い続けるなんて不毛じゃないのかどうなんだ!?」

 

…これ完全に丸戸さんの心の叫びを代弁してるじゃないですか!

しかも僕がWA2でまさに違和感を憶えた箇所にもピンポイントで該当してますね。

今回のエントリーを書く上でネットを漁っていたら、こんな記事(『世界で一番NGな恋』発売前なので、だいぶ古い記事ですが)も見つかり、丸戸さんがもともと処女や純潔を重要視する一部ユーザーに対して色々思うところがある方だったことも分かりました。

ですよね~、そう思いますよね~

このあたりを考慮すると、かずさルートラストの雪菜とか、書く上でかなり鬱憤がたまったんじゃないかな?などと邪推してしまいます。

 

そんな感じでタイトルの回収に移ります。

丸戸史明さんがあらゆる「萌え」を極めた、凄腕のライターであることを疑う者は居ないでしょう。

そして紛れも無くプロです。プロだから、クライアントやユーザーのニーズには徹底的に応えた上で傑作に仕上げていく。

 

しかし彼がプロである限り、僕が求めている「最高の丸戸史明作品」は生まれないのかもしれません。

丸戸史明という人間のあらゆる情熱を誰にも媚びずに叩き込んだ作品が、いつかやりたいなぁ。